吹田市のもみほぐし屋院長紹介
1974年生まれ 吹田育ち
関西大学社会学部卒業後、 大阪セラピストアカデミー、健友館整体師養成所などで手技療法の基礎を学ぶ。
1999年「かとう整体院」を開業するも1年で廃業。
その後治療院勤務の傍らさまざまな施術院に通い勉強。
2005年吹田市豊津に「もみほぐし屋」を開業
こんにちは。もみほぐし屋の加藤です。当ホームページを訪れていただきありがとうございます。 早いもので、吹田市豊津にもみほぐし屋を開業し、5年になりました。
現在、吹田市の万博公園の近くに妻と息子の3人で暮らしております。
1974年生まれのおうし座、A型。 趣味は野球。野球は小学2年から大学卒業までやってました。ちなみにポジションはショート。但し大学生のときはベンチ の上をがっちり守ってました。(笑) 好きな食べ物はビール。嫌いな食べ物はニンジンと牛乳。好きな言葉は連休。尊敬する人物は母親です。
子供の頃の夢は野球選手になること。小学生ぐらいのときは頑張ればなれると真剣に思ってました。 いつしかそんな夢も忘れ、気が付けば大学を卒業し就職。思えばこの頃、なんにも考えてませんでした。 自分は将来どうなりたいのか?恥ずかしながら、そんなことを考えることすらありませんでした。
なんにも考えずに入った人材派遣会社はすぐに退社。そのとき初めて少し自分を見つめるという時間を持ちました。 但し、この頃はまだ甘えがあり漠然と。 そこで出た答えが「人の体を治す・人を癒す仕事がしたい」でした。
私自身、学生時代プレー中にたくさん怪我をしました。左足首の靭帯は今も切れたままです。それでも15年間野球を続けられたのはサポートしてくださった多くの治療家の先生のおかげです。そんな先生への感謝の気持ちがあったからこそ導き出された答えだった思います。
そして専門学校へ通い、卒業後すぐに開業。今から考えればなんて無謀なことをしたんだと思いますが、当時は あまり深く考えずにとにかく開業しました。 意外なことに順調なスタートがきれました。が、しかし、世の中そんなに甘くはありません。 仕事に対する、経験も決意も不足している私。すぐに誰も来ていただけくなり、廃業。あのとき私を信頼して来てくださったお客さんには今でも本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
その時点でやっと目が覚めた私は、勉強しなおすことを決意。 複数の施術院で働き、そして自分のお金で多くの施術院をおとずれました。
10人施術者がいればそれぞれ10通りのやり方があります。当初、私はおおいに悩みました。 いったい誰を見本にすればええんやろ? と。 個々の細かい手技にももちろん違いはありますし、 施術法にも大きな違いがあります。
それに、マッサージ、あんま、指圧、整体、カイロプラクティック、オステオパシー、操体法、どれも素晴しい療法だと思いますが 中にはお互いが矛盾しあうような施術もあるからです。
数年間悩んだ後にようやく、「自分がされて嬉しい施術をしよう」という結論に達しました。 自分が、こんな施術をして欲しいなと思う施術をする。後は受け手であるお客さんに判断してもらおうと思ったのです。
それからは、「こんな施術をして欲しいな」の一点に方針を決め、施術に取り組むことにしました。
そして2005年9月、「こんな施術院あったらいいな」を実現させたもみほぐし屋をオープンさせていただきました。 5年たった今でも勉強の毎日です。
皆様によろこんでいただけるよう日々精進してまいりたいと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
もみほぐし屋 院長 加藤
もみほぐし屋をご利用いただく前に
もみほぐし屋は病気の診断および治療行為はできません。
(診断・治療は医師法により医師にしか許されていません)
病気の治療は必ず医療機関で検査し、医師の判断に従って治療をすすめてください

